井手 久美子。 徳川慶喜の95歳孫娘が作家デビュー 井手久美子氏の自叙伝「徳川おてんば姫」/ライフ/社会総合/デイリースポーツ online

徳川慶喜の最後の孫・井手久美子の人生「お姫様が都営住宅に。明るく生きる、という強さ」(婦人公論.jp)

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山岸 外出が、いい息抜きになっていたんでしょうね。

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慶喜家の生の歴史を後世に伝えたい 山岸 私は今、叔父が遺した慶喜家の資料を松戸市戸定(とじょう)歴史館に寄贈するため、資料と向き合う日々を送っています。 「実の家族のようにかわいがってくださった」という高松宮親王を通して兄・昭和天皇とも接した。

徳川慶喜の孫娘・井手久美子さん4日火葬 “おてんば姫”著書刊行後に旅立つ

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久美子は車いすで現地に赴き、今も残るイチョウの下で万感の思いに浸った。 広大なお屋敷に住み、お次と呼ばれるお付きの女性がいる娘時代の話は、スケールが凄すぎて、もはや羨ましいとかそんな感情もわかない。 井手 リベラルな考えの持ち主で、世界情勢をよく見ている方だった。

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お腹がいっぱいで山盛りの北京ダックを少ししか食べられなかった無念を、今も覚えています。 山岸 大広間があって、シャンデリアがあって。

徳川慶久

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夫は海軍少尉として出征。

1時間:0人 1日:0人 1週:1人 1カ月:7人 1年:1012人. 大政奉還を着実に進めながら、徳川将軍家との武力衝突も想定し、 土佐藩の板垣退助と薩摩藩の西郷隆盛の協力が「最も急務」と説いている。 そんな僕に明日起きる勇気をこの本がくれました。

【新刊】徳川おてんば姫

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久美子は「結婚式で十二単(ひとえ)を着たのですが、はかまの丈が短く、 その中に蚊が入ってきて、かゆくてたまりませんでした」と裏話も。

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調査に当たった東京藝術大学の薩摩雅登教授によりますと、上野の西郷像は 大学の前身に当たる東京美術学校が制作を進め、今回の写真は、銅像を作る前に試作した木型の 途中の状態を写したと考えられるということです。 井手 僕にできることがあれば、なんでも手伝うよ。

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「ありがとう」は「おそれいります」。 47年、亡夫と成城高校アイスホッケー部で 仲間だった医師の井手次郎と再婚。

長男と暮らす自宅には慶喜の写真と葵(あおい)の紋が額縁に入って掲げられ、その下で「鬼平犯科帳」など時代劇のDVDを楽しむ。 井手 久美子(いで くみこ) 兵庫県芦屋市生まれ。

『徳川おてんば姫』井手久美子

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サイパン玉砕から生還した軍医との再婚後、終戦後の奮闘、高松宮同妃両殿下との思い出。

雛段に飾られた小さな笥の引き出しのひとつひとつにまで、ちゃんとお着物が入っているの。